…親のほうこそ金かかる。

au学生さんは

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学生さんは金かかる。
親のほうこそ金かかる。

ガク割は、オヤ割でもある。
2000年  au by  KDDI
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「学生さんは金がない」というコピーを最初に書いていました。中学入学から大学卒業まで「半額」という思い切ったauだけのサービスです。こりゃauにしない理由はないだろう、知らせるだけでOKだろうと思っていた。そんなある日、東横線の電車の中。中学生みたいな男子生徒が数人乗っていた。ゲームをしたりケータイをいじったりしている。ボクはよくやるのですが、「観察」しながら、その人たちと頭の中で「対話」してみるのです。ターゲットからヒントをもらうために。

「ねえ、学生さん?そのケータイ、ドコモの?」
「そうだよ」
「なんでauにしないの?」
「デザインがダサイじゃん」
(たしかに当時はドコモのほうがデザインいいものが多かった)
「でもさ、こんど学生半額ってサービス始まるんだけど、どうよ?
中学から大学卒業まで半額なんだよ?」
「半額?安っ!でも半分しかつながらなかったりして。アハハ。」
「そんなこたぁないよ。半額だからauに変えたほうがよくない?」
「でもウチは親もドコモだから」
「僕も電話代は親が払ってるし」
「!」

そうか!学割半額といっても学生向けに広告するだけじゃなく、お金を払っている親に向けた広告も必要なんだ!と実物の中学生を見ていて気づいたわけです。調べてみると、高校生は7割以上、大学生でも5割以上は親の援助に頼っていることがわかりました。そこで「親のほうこそ金かかる」とauは親の財布の味方でもある、と新聞15dを打ったのでした。

広告

一人勝ちをだまって…

auひとり勝ち合併1ヶ月後 auの新聞15dです

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一人勝ちをだまって
見てるわけにはいかない。

オモシロイほうのケータイ!

2000年  au by  KDDI
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auのスタートです。当時のケータイはドコモの独壇場でした。というより、auのケータイが正直ダサかった。デザインがダサダサで、ボクらも「これは欲しくない」と思っていました。スタッフに支給されたauケータイは営業の人間以外はほとんど使っていなかったくらい。これでドコモと闘うために、佐々木隊長はクライアントに厳しい注文を出しました。まず、全国にあるショップの看板をオレンジ色のこのロゴで揃えること。当時は赤い看板で、ドコモと一緒じゃん、でした。とにかくいろんな機種のある携帯電話。auはどーする?となったとき、「オモシロイほうのケータイ!」という方向を打ち出すことにしました。ドコモがどっちの方向を向いてるかは関係なく、ウチらはこっちに行きますという宣言です。携帯電話を「ケータイ」と広告で表記したのも初めてだと思います。(ユーザーはすでに使っていたかもしれませんが)最後につけた「!」がいいと思っています。千代の富士が引退の時「・・・体力の限界!・・・」と歯を噛みしめたときのあのカンジです。「こっちを目指します!」という気持ちと、「こっちのほうが楽しいよ」という思いを込めた「!」でした。

それとさりげなく、「学割半額」も始まっていますね。「学生さんは金がない」というコピーもちゃっかり入っています。

「一人勝ちをだまって見てるわけにはいかない。」というコピーは、鼻息荒く言うのではなく、クールにのんびり静かに言うカンジにしたかった。だから「黙って」を漢字にしなかったんじゃなかったかと思います。あの時の気分で「黙る」を漢字にすると、ムキになっているように思えたんじゃないかな。たぶん。

「一人勝ちをだまって見てるわけにはいかない。」・・・(平静)

「一人勝ちを黙って見てるわけにはいかない。」・・・(ムキ!)

ま、これはボクの個人的な感覚ですから、どっちが正しいとかではありません。

日本はまだ、ケガをしたまま。

三宅島2005年1月31日 日経新聞夕刊

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日本はまだ、ケガをしたまま。

2005年  三宅島災害・東京ボランティア支援センター
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三宅島の全島避難指示が出されてから約4年半。
明日2月1日、ようやく島へ戻ることができるようになります。
依然として一部地域では火山性ガスの影響があり
まだ安全が確保された状況ではありませんが
ご支援いただいたみなさまへ
謹んでご報告をさせていただきます。

10年前、阪神淡路大震災で被災された方々も。
昨年の台風被害で被災された方々も。
新潟中越地震で被災された方々も。
スマトラ沖地震で被災された方々も。
元の生活を取り戻すためには、
気の遠くなるほどの長い時間がかかるものです。
私たちはこれからも支援活動を続けてまいります。
どうかみなさま、ニュースの扱いが小さくなっても
心のどこかで、ご支援いただけると心強く思います。
災害は自然のチカラですが、
復興は人間のチカラなのですから。

三宅島災害・東京ボランティア支援センター
代表:山崎美貴子
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CD:白土謙二  AD:小塚重信  C:中村禎

もしボクが被災者だったとしたら、何が一番イヤだろう? と考えました。日に日に新聞のニュースの扱いが小さくなっていくことに、心細さを感じるんじゃないか、と思いました。忘れられてしまうことが一番怖いと思ったのです。みんながみんな、被災地を毎日支援することはできないでしょう。でも頭の片隅にでも、まだ復興に汗を流している人たちのことを忘れてほしくない。そんな気持ちで書きました。ボク自身も忘れかけていました。いろんな自然災害が次々と起こり、最近の出来事に目を奪われるけれど、ニュースに取り上げられなくても、まだ復興の途中なんだ、と。

日本をひとりの「身体」だとすると、いろんな場所にケガをしてて、それがまだ全然治っていない。そんな状態だぞと。痛みはだいぶ無くなったけど、傷跡はまだジュクジュクしたままだぞと。

ボディコピーの「災害は自然のチカラですが、復興は人間のチカラなのですから。」の最後の一行はキャッチ案のひとつでした。たくさんキャッチを書いて捨て難いものをボディコピーのアタマや締めに持ってくる。ボディコピーのある一行が心に刺されば、ボディコピーはそれでいい。だからキャッチはたくさん書くのです。

この広告は、日経新聞と電通が企画をして掲載しました。「こんな広告するお金があるなら被災地に送れ」という声を防止するために、その一行を入れてくださいと言われたのです。広告に金を使うことがそんなに意味のないことか? 支援を集めるためにも、もう一度国民に向けて「忘れないで!」と叫ぶことに意味がないというのか?と、ちょっとムッとしました。(ボランティア支援センターの人にムッとしたのではなく、そういうイチャモンを付ける人がいることにムッとしたのです)

もっとムッとしたことは、この広告がコピー年鑑の一次審査で落とされたことです。コピー年鑑に掲載してもらえなかった。ボクはいいコピーだと思っています。だからボクはここに残します。

ジョニー前(下書き)

下書きです。「ジョニーって誰よ?」の前は、実名でドキュメンタリーにするつもりでした。当時発行されたビジネス誌「月刊経営塾8月号」の「深層海流」に書かれた記事を元にKDDI設立に至るまでの過程を、登場人物の口調などはアレンジして書いてみた。それが元でした。どんなものになるか、一度書いてみて、プリントアウトしてみて、読んでみる。そうすると「もっとこうしたほうがいい」とか「これじゃダメだ」が見えてくる。自分で書いた文章にツッコミを入れるわけです。セリフ回しは想像です。でも、誰と誰が話したか、そこでどんなことが決まったか、は事実。「早い話の男たち」の話です。

KDDIコピー1KDDIコピー2KDDIコピー3KDDIコピー4KDDIコピー5

ジョニー三部作
「ジョニーって誰よ?」
ジョニーの正体
③ジョニー前(下書き)

ジョニーの正体

こんなコピーを書きました「ジョニーって誰よ?」の裏話です。

KDDIコピー1最初は実名でドキュメンタリーにするつもりでした

「日経の30段があるんですけど」と営業がいうのです。正直なところ「まだあんの?」というくらいの出稿量でした。15段でやったオレンジの白抜きコピードカドカを30段でやるか?でもそれは乱暴すぎだろう。じゃあ牛尾次朗さんや稲盛和夫さん、ソニーの盛田昭夫さんたちの設立までのドキュメンタリーを載せればいいんじゃないか、と提案しました。ある記事で読んだことがあり、その設立動機やストーリーがすばらしくて、それを知らせたらどうかと思ったのです。そしたら佐々木さんが「それいいね。じゃ中村、書いて」「え?ボクが書くんですか?」てっきりすでにある記事を載せるだけのつもりだったので、ヤバイと思いました。

長いボディコピーを書いてもたぶん読まれない。じゃあ脚本のような会話形式にしよう。そして全部読まない人のために、気になるコピーだけ大きくして、そこだけを見た人も「KDDIってオモシロそうね」と記憶してもらおうと考えました。ボクは長いボディコピーは読まれない前提で広告をつくります。読まれなくても最低限伝えなければいけない。そして、読んでくれた人には、読んでよかったと思えるサービスをしたい。

最初は全部実名で書きました。ところが牛尾さんたちから「実名は恥ずかしいよ」と言われたので「配役」を設定することにしました。ちょうどその頃、めったに本を読まないボクが人の薦めで読んでいた本がありました。

2039年の真実

落合信彦の『2039年の真実』J.F.ケネディ暗殺にマフィアが関わっていたという、ほぼ実話。めちゃめちゃオモシロイ話でした。その影響でマフィアの親分と子分の会話のようになったのです。それとイタズラというか『隠し絵』みたいなことをしようと考えた。ある人にしかわからないメッセージを入れ込もう、と。それが「ジョニー」「ジェシー」だったのです。

マッドマックス

1979年公開の映画『マッドマックス』 メル・ギブソンの出世作です。暴走族と対決する近未来の特殊警察の話。暴走族のボスの名前が「トゥーカッター」、その優秀な一番弟子が「ババ」一番のできそこないが「ジョニー」でした。主人公の特殊警察「マックス」がメル・ギブソン。ある日、「トゥーカッター」たちに狙われることになるマックスの妻が「ジェシー」なのです。

最初は登場人物の名前だけあればいいか、と思っていたのですが、だんだん面白くなってきて「なんとかセリフも入れられないだろうか」と思い始めました。コピーライターの佐倉康彦クンとサン・アドの哲ちゃんとボクは、このマッドマックスの吹き替えが大好きで、暗記したセリフがいくつもありました。

マックスの妻ジェシーが息子のスプローグ(まだ2才くらい)とドライブインでソフトクリームを買っていたとき、トゥーカッターたち暴走族に絡まれます。ジェシーは息子を守るために気丈にふるまう。それをからかう暴走族のボス、トゥーカッターのセリフです。そのしゃべり方(日本語)がまたいいんです。

トゥーカッターこの人が名言「そりゃぁねぇだろうジェシー」のトゥーカッターです

『ジェシー、そりゃあ、ねぇだろう、ジェシーw お前さんにはユーモアのセンスがねえな。そうか、美人にはユーモアなんていらねえのかもしれねぇな。ジェシー、ホント食べちまいてぇくらいだぁw』(だったかな)とにかく「そりゃ、ねぇだろう、ジェシー」を入れたかった。この掲載を見たふたりに「あれ、禎さんがやったんだ」とわかってもらえる暗号として。クライアントからは「なんでジョニーなんですか? このジェシーって必要ですか」と言われましたが、そこはなんとか切り抜けました。で、読んだ人がたぶんみんな「ジョニーって誰よ?」と思うと思ったので、それをタイトルにしました。

ジョニー初めまして オレがジョニーです

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ほぼ実録「早い話の男たち」という題名でドキュメンタリーにするつもりでした。当時発行されたビジネス誌「月刊経営塾8月号」の「深層海流」に書かれた記事を元にKDDI設立に至るまでの過程を、登場人物の口調などはアレンジして書いてみた。それが元でした。その下書きがまだ残ってたんですが、見ます?(近日公開か?)

ジョニー三部作
「ジョニーって誰よ?」
②ジョニーの正体
ジョニー前(下書き)

「ジョニーって誰よ?」

KDDI日経30d2000年 KDDI 日経新聞30d

「ジョニーって誰よ?」

ーーー1983年夏ーーーー

「何か用か?」
「なんでもないっす」
「何だよ?変なヤツだな。何の用なんだ?」
「いや。なんだか最近、何にもやる気がしなくて」
「派手なヤマが無いからか」
「そうかも。なんだかだるいし、夏休みの友も、はかどってないし」
「バカ野郎。わざわざ呼び出しておいて、そんな話かよ」
「今朝の新聞、読んでないのか」
「シンブン?」
「大臣さんたちがやっと重い腰を上げてくださったってわけよ」
「えっ、ということは!」
「そうよ。やっと
電電公社と国鉄と専売公社の民営化
が始まるのよ」
「じゃあ、兄さんのあの、去年の夏休みの自由研究が現実になるってこと・・・」
「そうよ。だからそんなしけた面を二度と俺様の前にさらさない方が身のためってことよ」
「わ、わかったよ。兄さん。と、とりあえずおめでとう」
「給食が終わったら、さっそくみんなを体育館ウラに」
「ああ、そうしてくれ」
「あ、でも今日は夏休みの登校日だから給食はでないと思うぜ」

「もう一個、作ろうかと思うんだ。電話会社」
「お言葉ですがボス、今から作ってもどうせ業界二番手ではないですか?」
「ふん。頭の固い学級委員長さんにも世話がやけるぜ」
「いいか、二番手というのはな、一番手がやってきた失敗を繰り返す必要がないんだ。
わかるか?ロスなく事を運ぶことができるんだよ」
「つまり、そのぶん
No.2だから、ヤンチャできる
ってこと」
「そういうこった」
「だけど、町中のあっちこっちに、もう電信柱がおっ立っちまってるぜ、旦那」
「ば〜か。そんなもんが21世紀まであると思うか?」
「21世紀ったって、まだ17年5ヶ月以上も先ですぜ」
「ま、線がないとつながらないって発想は今日限りで忘れちまうことだな」
「ということは、もしかして・・・」
「ジョニー、火っ」
「は、はい」
「夏はやっぱり線香花火だな」

「そこでだ。半径100マイルの土地に一軒だけコンビニができるとする。
その町には店らしい店がその一軒だけ。そこの店主ならまず何を考える?」
「値段を高くしても客は買うしかない」
「そうだ。生活必需品ならなおさらだ」
「で、そこにもう一軒コンビニを作ったらどうなる?」
「おでんもあるといいなぁ・・・」
「ジョニー、お前は確かにいつもいい味だしてるぜ」
「ごめんなさい」
「やけに素直じゃねぇか」
「競って安売りしたり、品揃えを工夫したり、サービスを考えたりする」
「ピンポンだ」
「ケーザイっていうのは、競争して発展していくもんなんだ」
「だから電話会社もいくつかあって、競争する方がいいのかぁ」
「なーんだ、いままでは一個しかなかったから面白くなかったんだ」
「ってことになるかな」

「ひとつ素朴な疑問があるんですが」
「なんだカルロス」
「手紙を出すのに切手を貼りますよね」
「ああ、貼るわな」
「隣りの県に出すのも都内に出すのも同じ値段ですよね」
「そうだな」
「なのになぜ、電話料金は距離が遠いと高くなるんでしょうか?」
「う〜む。わかんねぇけど、エライ誰かさんがお決めになられたんでしょうな」
「東京都江戸川区に住んでいて、隣りの千葉県浦安市の彼女と
東京都八王子市の彼女だったら、どっちの電話代が安くすむんスか?」
「カルロス。二股は感心しねぇな」
「でも、それもいつか同じになるんじゃね〜かと思うぜ。別に根拠はないけど」
「やっぱり会社の会議室で、大勢で決めるとそういうことになるんでしょうか?」
「そうかもな。
多数決で決まることはたいていフツーだ
からな」
「そういう意味でも新会社を作るって面白いかも」
「そうですね。新会社を作ったらまず、スローガンなんかつくっちゃいますか」
「なんかカッコイイやつをバシッと。横文字かなんかで」
「ま、そうなんだけど、まず
スローガンより実行せよ
なんじゃねぇか?」
「あはは、そうでしたね。スローガンなんて企業の自己満足の場合が多いですからね」
「それに昔から、『死んだカモよりゃ生きてるカモのほうが値打ちがある』って言いますし」
「ジョニー、それは全然例え話になってないと思うんだが・・・」

「広告キャンペーンはどうしましょう?」
「やっぱ広告代理店かなんかをいっぱい呼んでバ〜ンと大競合大会っすかね」
「お前はとんでもねぇ勘違いをしている。案がいっぱいあればいいってもんじゃねぇんだ。
確かに広告屋さんはいろんなアイデアを提案してくれる。
でもそれをチョイスするのはクライアントなんだ。そこで、どの案を選ぶかが勝負なんだよな」
「世間の人から『この企業はこ〜んな広告がいいと思って採用したんだぁ〜』
『ダッサァ〜』
とか思われているんですかね、陰で」
「とにかく広告主は、自社の商品を褒めただけのコピーを採用しがちなんだ。
誰でも自分を褒められると悪い気はしねぇからな。だけどちょっと考えてみ?
合コンで、自分のことを褒めてばっかいるヤツが、モテると思うか?」
「確かに・・・
つまんない広告
をする企業は、ほぼ、つまんない(笑)
「広告だけ面白い、って企業もあるんだけどな(笑)いろいろタイヘンなわけよ。
ま、コピーライター講座はその辺にして、下校時間の放送の前に本題にはいるぞ」

「ジェシー、例の枠はいくつだ?」
「はい、郵政省が次世代の携帯電話の参入枠を3つと設定しました」
「確かか?」
「はい、昨日の中吊り広告に出ていたので間違いありません」
「そうか、中吊りか」
「はい」
「で、今はどうなってる?」
「旧電電公社系と旧国鉄系がすでに手を挙げています」
「すでに、か」
「さすがは、そういうところは抜け目がないようです」
「残るはあとひとつか」
「国内電話と携帯電話、あと国際電話とインターネットプロバイダ・・・」

「兄貴、うちの親父が国内電話のDDIのお偉いサンやってまっせ」
「拙者の知り合いのオジキの場合はケータイのIDOを、やっておるでござる」
「カルロスの家は確か・・・」
「はい、父親が国際電話のKDDの関係者だという噂です」
「よし、わかった。明日全員をこの秘密基地に集めろ」
「えっ?何をする気ですかい」
「まさか誘拐?」
「ば〜か、兄貴が人様の迷惑になるようなことをしたことがあるか?まだ小学生だぜ」
「合併するんだよ」
「あ、知ってますよ。中華街で売ってますよね」
「それは月餅だよ、ジョニー」
「そんな調子だから子分の一番になれないんだよな、お前は(笑)」
「それだけは言わない約束だったのに。でもさ、
日本で二番手でも
世界で一番になればいいじゃん。
でしょ?」
「お、いいこと言うじゃん。それ、採用(笑)」

「で、最初は何をやりますか。やっぱ値下げですかね」
「値下げの広告って、一覧表を見てもよくわかんないんですよね〜」
「あれはわざとですかね。どこもイタチゴッコだし」
「そうなんだ。3分当たりいくら下げました!って威張ってみたところで、使える地域が限られていたりする。
注意しないと『安くしました!』というイメージだけが残っちまう」
「それが目的だったりして(笑)」
「そういうまぎらわしい広告は、ジャローラモ一家が黙っちゃいないでしょ」
「確かに、ウチの立ち上がりの時期にはドコもそういう広告が増えてくるでしょうな」
「たぶんな。だから、ウチは他と違うアプローチが求められるってわけよ」
「値下げで威張るのはカッコ悪いですもん。だったら最初から安くしとけっちゅうの(笑)」
「でも、商売ですから、そうも言ってられないんではないかしら」
「そりゃあ、ねぇだろう、ジェシー」
「消費者って、っそういう広告の狙いを意外とズバッと見抜いているもんなんだぜ」

「お話の途中ですが兄さん・・・」
「なんだ、ジョニー、久しぶりだな」
「僕たちは一体誰なんですかね?変な小学生の設定になっているようですが」
「架空の人物なんですかね?」
「ば〜か。架空でこんなに面白い話ができると思うか?」
「まだ若いお前たちには、実名を明かすわけにはいかないけどな、フフフ」

「なんか面白くなりそうですね、兄さん」
「ははは、そうだな。ま、面白くなきゃ、こんなことやってらんねぇけどな(笑)」
「あ、そうだ。合い言葉は、
二年後に笑おう
に決めたから」
「二年後というと、アレが規制緩和されて、アレとアレに決着がついて・・・・」
「それまで、笑うのを我慢しなきゃいけないんですかい?でも、昔から言うじゃないですか。
スポーツ選手へのインタビュアーは必ず『放送席、放送席』と二度叫ぶ、って」
「ジョニー、お前は、生まれてくるのがちょっと早すぎたのかもしれねぇなぁ」

*というわけで、KDDとDDIとIDOがひとつになりました。
合併と言うより集合ってカンジが近いかもしれません。
とにかく、これからの通信業界を面白くするために。
*このストーリーは、ある程度事実に基づいたフィクションです。
*しかも、1983年から今年までの話を数分間に短縮したものです。

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長いコピーを読んでいただきありがとうございました。
あまりに長かったので、この仕事の裏話は後日報告します。
なぜジョニーなのか。ジェシーとは誰なのか。

ジョニー三部作
①「ジョニーって誰よ?」
ジョニーの正体
ジョニー前(下書き)

…わけが違う

銀行なんかの2

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銀行なんかの合併とは
わけが違う

2000年 KDDI
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KDDIへのプレゼンは大きな会議室で行われました。そこに大勢のクライアントが並びます。しかし、決めるのは牛尾会長だろうとは思っていました。プレゼン時間も限られているので、グラフィックは考えたものすべて壁に貼っておくことにしました。コピーがデカイので遠くからでも読めます。牛尾会長は会議室に入るなり壁を見て、「これはいいね」「これも面白いね」と言って笑ってくれた。ハイ、OKいただきましたっ!って感じでした。その中でとくに気に入ってくれたのが、このコピー。「そうなんだよ!こういう気持ちなんだよ。これいいねぇ」 結局これは、世には出ませんでした。KDDIも銀行とはおつきあいがあるから、さすがに言えないか、と。でもボクはうれしかった。牛尾さんが「でも、これやりたいなぁ」と最後まで言ってくださっていたと営業から聞いて、それだけで満足でした。KDDIの会長と同じことをボクも思った、わけですから。(実は、「銀行なんかの合併」を「銀行さんなどの合併」とかにしてもダメすかね?と粘ったのですがダメでしした。「せめて社内に貼りましょう」と言えば良かったか!)

そういう意味でKDDIのコピーは、クライアントそのものになり切って書いたコピーでした。クライアントが乗り移ったカンジ。この場合の「クライアント」とは牛尾さんたち、KDDIを作ろうとした人たちのことです。広告を決断する人のことです。上司の了解を得る人のことではありません。クライアントの顔色を伺うのではなく、そのものになりきる。クリエーティブ・ディレクターと企業のトップ、あるいは広告の決定権者が同じ方向を目指していれば、つまんない広告なんかできるはずがない。この2トップが同じ方向を向いている広告だけが意味のある広告になるのだと思います。予算の大小なんて関係ない。この2トップの関係さえ強くあれば、効果のあるコミュニケーションはできるとボクは確信しています。